麦酒工房ゼロラボ


ブルーパブ名: [パブなし]  ビール工房各店舗にて販売
ビールの種類: Shinnakano HYBRID
Asagaya FIRST FLASH (フルーツエール)
Asagaya GOLD LUSH
Asagaya AMBER
Shinnakano BERRY BRUT I.P.A. (インディア ペールエール)
Asagaya SUDACHI ALE (フルーツエール)
Shinnakano GIGANT STOUT (スタウト)
Asagaya AFRICA PALEALE (ペールエール)
Shinnakano STOUT (スタウト)
Shinnakano MIXBERRY SAISON (セゾン)
Shinnakano BELGIAN WHITE (ベルジャンホワイト)
Shinnakano EAGKES I.P.A. (インディア ペールエール)
Shinnakano PRUNE PLUNE
醸造開始: 2019年5月26日
URL: https://www.beerkobo.com/

製造元: 株式会社麦酒企画
電話番号:
住所: 東京都中野区中央5丁目3番11号 柴ビル1階102号室
アクセス: 東京メトロ 丸の内線/新中野駅2番出口から徒歩2分
JR中央線、中央総武線、東京メトロ 東西線/中野駅南口から徒歩15分

麦酒工房ゼロラボ(びーるこうぼうぜろらぼ)は、 東京都内を中心に高円寺麦酒工房、阿佐ヶ谷20taps、 荻窪ビール工房中野ビール工房高田馬場ビール工房ビール工房所沢ビール工房新宿、 浅草ビール工房などを展開する麦酒企画(びーるきかく)が、 ビールの研究開発施設として設置したブルワリーです。
場所は、東京メトロ 丸の内線の新中野駅から近く、 青梅街道と中野通りが交差する「杉山公園」交差点からすぐのところに建つ柴ビル(柴田屋酒店の本社ビル) の1Fスペースにあります。
これまで開業してきたビール工房はすべて飲食スペースを併設するブルーパブでしたが、 麦酒工房ゼロラボでは飲食のできる店舗の計画がなく、 ここで造られるビールは阿佐ヶ谷20tapsをはじめ、他の麦酒企画が運営する店舗にて飲むことができます。

最近、麦酒企画では、ビールの名称の頭に「Koenji」、「Ogikubo」、 「Takadababa」などのような醸造した店舗名を付けるようになっており、 頭に「Shinnakano」または「Asagaya」と付いているビールが、麦酒工房ゼロラボで造られた製品となります。
麦酒工房ゼロラボで醸造されたビールの一部をご紹介しましょう。

Asagaya AFRICA PALEALE


ここで、麦酒工房ゼロラボについてご紹介しましょう。
冒頭にも書いた通り麦酒工房ゼロラボは、麦酒企画がビールの研究開発施設として設置したブルワリーです。 その麦酒工房ゼロラボを開設した目的には、「Development」、「Education」、「Experience」の3つがあります。
1つ目の「Development」(ディベロップメント)は、「ビールの開発」です。 新しいビールの研究開発を進めて行く場として活用して行きます。
2つ目の「Education」(エデュケーション)は、「ブルワーの教育」です。 醸造家を志す新進ブルワーの教育の場となる「道場」としての役割を果たして行きます。 以前、2012年7月に「阿佐谷麦酒道場」を開業した時にも同じ目的を持ってスタートしましたが、 後に店舗移転を受けて「道場」としてのスペースを確保できなくなっていました。 また、これまでにも各店舗でビール造りを学ぶ新進ブルワーを受け入れては来たものの、 やはり店舗という役割からスケジュールがタイトなため育成に時間が取れなかったり、 出来が悪いからと言って造り直すことは困難であり、 ましてや完成度の低いビールが出来上がってしまっても販売し難いことなどから、 ビール造りを学ぶ場としては難しい課題が山積していました。 ここでは、そうした課題の解決を目指して、 様々な制約に囚われることなくビール造りができる環境を提供することが出来るようになります。
3つ目の「Experience」(エクスペリエンス)は、「ユーザ体験」です。 「ユーザ体験」と言っても、以前あった「BoP」(※1)の様な一般客にビール造りの体験をしてもらうというものではなく、 飲食店や酒販店などの法人ユースへの醸造設備の提供が主で、 オリジナルビールの製造やファントムブルワリー支援などがターゲットになります。 こうした3つの目的を担って、麦酒工房ゼロラボは今後、さらに活用されて行くものと思います。
※1: BoPとは、「Brewing On Premise」の略で、 酒類等製造免許を持つ醸造所で設備を借りて、 ブルワーの指導の下で手造りビールの醸造体験ができるシステムのことです。

「ゼロラボ」という名称の由来についてですが、 「ラボ」はいわゆる「Laboratory」(ラボラトリー)、つまり「研究所」を意味しています。 これまで名称として使ってきた「工房」では、本施設の持つ役割からみて違和感を感じたことから「ラボ」としています。 「ラボ」という言葉の響きから、造ることに夢を持たせたいと考えたからです。 一般的に「ラボ」の表記は「LAB」と記述されることが多いのですが、 麦酒企画では親しみ易さからあえて「LABO」としました。
「ゼロ」については、麦酒企画のブルワリーとしては9番目となるのですが、 店舗扱いとしないことから「0」(ゼロ)としました。 「『街のビール屋さん』を日本中に!!」と言う麦酒企画が目指す目標に対して、 ここは「準備をする最初の場所」としたいと考えています。 こうした想いから「ゼロラボ」とネーミングしました。

麦酒工房ゼロラボのこれまでの歩みは以下の通りです。
2019年4月4日に、酒類等製造免許(ビール、発泡酒)を取得。
2019年5月26日に、試験醸造したビールを中野ビール工房と阿佐ヶ谷20tapsで限定販売。 これ以降、麦酒工房ゼロラボで醸造したビールが次々と出荷されています。

麦酒企画の能村さんのご厚意で、麦酒工房ゼロラボを見学させて戴きましたのでご紹介します。


麦酒工房ゼロラボがある「柴ビル」


麦酒工房ゼロラボ


醸造設備


仕込み設備(大型釜)
左側が煮沸釜(ケトル)兼、ワールプール、 右側が糖化釜(マッシュタン)兼、ロイター


仕込み設備(小型釜)
主に、左側がホットリカーや、右側が煮沸釜(ケトル)に使いますが、多目的に利用しています


大型発酵タンク × 3基の内の2基 (奥が1号機、手前が3号機)


200リットルの発酵タンク1号機


300リットルの発酵タンク2号機


300リットルの発酵タンク3号機


50リットルの小型発酵タンク × 6基 (右から11号機、12号機、13号機、14号機、15号機、16号機)


株式会社麦酒企画の創業者であり、 現在は取締役を務められている能村 夏丘(のうむらかきゅう)さんを改めてご紹介しましょう。
能村さんは、東京都板橋区の出身で、広告代理店勤務を経た後、2010年2月に株式会社麦酒企画を起業、 同年12月に高円寺麦酒工房を妻と夫婦二人で開業したのを皮切りに、東京都内を中心にビール工房を展開してきました。

能村さんがビール造りを始めた経緯は、 2009年に前職を退職して自分探しの旅へ出るところから始まりました。 能村さんの大学時代はアルバイトに明け暮れていて、その後、大学を中退して広告代理店に就職しました。 勤務先では、某大手ビールメーカーの販促支援を担当し、 飲食店への営業のためメーカー社員と一緒に飲食店周りをしていました。 そんな中、2007年11月には妻と入籍、翌年の2008年4月に目出度く結婚式を挙げるのですが、 ここで能村さんにとって転機が訪れることになります。

能村さんは、結婚を機に「今の仕事をこのまま続けていて、良いのだろうか?」と考えるようになります。 一生を通して続けるような仕事は他に何かあるハズだと思うようになった能村さんは、 2008年10月頃より真剣に転職を考えるようになりました。 そして、今の仕事をしながらでは心の踏ん切りが着かないと思った能村さんは、 その当時、共働きをしていた妻に了解を得て、その年に5年間勤務した広告代理店を退職することにしました。 しかし、業務の引継ぎやらなんやらで結局、翌年の2009年4月までアルバイトの身分で勤務を続けることにはなりました。

能村さんの両親は、父が一級建築士の資格を持つ建築家で、母は農家の生まれでした。 建築家も農家も「モノづくり」をする仕事であり、 また定年退職のない「一生勤められる仕事」であることから、こうした職業に関係していた両親の影響を受けて、 能村さんも生涯を通して続けられる仕事(能力)を身に付けたいと思っていました。 こうした職業観から実際にどんな職業が良いのかと考えた時に、 人にとって無くてはならない「衣食住」に関係する仕事に就きたいと思いました。 そして、父が既に「住」に関わっていたこと、能村さん自身が「衣」にあまり興味がなかったことから、 「食」の道へ進もうと考えました。 それに「食」は、家や服とは違って毎日買い求めるものであり、誰もが買い求めるものであることから、 常に人から必要とされるものということも重要な要因の1つでした。

そこで、「食」と言っても何を始めたいのかを考えるため、まずは「あいうえお」順に、食べ物を書き出してみることにしました。 「アイスクリーム」、・・・、「寿司」、・・・、「焼鳥」と言った感じで順番に食べ物の名前を挙げていき、 消去法で自分とは合わないものを消して行きました。ちなみに、書き出した中には「ビール」は無かったそうですが。 それと、これから始めるに当たって「日本の伝統的なものや、長年の修行が必要な職業は難しい」、 「新規参入のし易い業界がいい」などと色々なことが頭の中を巡りました。

また、能村さんは、根っからの旅行好きで、大学時代からよくあちらこちらへと旅行をしていました。 そして、転職を決意してからも、自宅を拠点に一人で日本のあちらこちらを訪れながら、自分探しの旅を続けていました。 そんな中、2009年10月にたまたま訪れた栃木県宇都宮市にある「栃木マイクロブルワリー」で、 代表の横須賀さんと出逢いました。能村さんは、横須賀さんからビール造りに関する話を聴いて、 醸造家という職業を初めて知りました。 それまでは、ビールは大手メーカーの大規模なラインが並ぶ工場でしか造れないものだと思い込んでいたため、 個人規模でもビール造りが出来ることを知って衝撃を受けました。 そして、元々モノづくりが好きで、ビール自体も好きだった能村さんは、突然ひらめいたようにピンときて、 その場で即断即決、ビール造りを生業にしていくことを決心しました。 それから自宅へ電話をすると、期待に胸を膨らませて「ビール屋になるよ!!」と自宅へ残して来た妻に伝えました。

それからも能村さんは、いくつかのブルワリーを研究のため訪れてみました。 そうした中、2010年1月の中旬に川崎市多摩区にある「ブルーパブ・ムーンライト」を訪れてみました。 能村さんが店内の様子を伺いながらビールを飲んでいると、 店の店長が店内奥に座っていた顎髭を蓄えた男性を「師匠」と呼んでいることに気づきました。 そこで能村さんからその男性に声を掛けてみたところ、 以前ある先輩から聴いたことのあった「吉備土手下麦酒醸造所」という マイクロブルワリーの人であることが分かりました。 これが能村さんと、吉備土手下麦酒醸造所の代表 永原さんとの出逢いでした。 「街で造られたビールを、その街の人たちに飲んでもらう」という永原さんの考え方にとても共感した能村さんは、 自分の考えを伝えたところ、「いつでも岡山へおいでよ!!」と言ってくれて、 早速、2010年2月に岡山県岡山市北区にある吉備土手下麦酒醸造所を訪ねて行きました。

こうして吉備土手下麦酒醸造所に弟子入りした能村さんは、 その日からでも住み込みでビール造りを学ぶつもりで行ったのですが、 永原さんから「東京でも、醸造所を開業する準備とか、他にもやる事がいろいろあるだろう」と言われ、 一旦東京に戻り、通いでビール造りを学ぶことにしました。 それから、6ヶ月に亘り月1回のペースで東京から岡山へ夜行バスを使って通いながら醸造技術や店舗造り、 経営の知識を学びました。

一方、ブルーパブの開業に向けて能村さんは、2010年2月22日に株式会社麦酒企画を設立しました。 そして、JR高円寺駅に近い東京都杉並区の住宅街の一角にあった元々フォトスタジオだった物件を同年6月1日に契約しました。 それから夫婦二人で店舗の改装工事を進め、醸造設備を導入し、着々と開店準備を進めて行きました。 こうして、2010年12月25日に遂に「高円寺麦酒工房」のオープンに漕ぎ着けました。
そしてその後も、能村さんは順調に店舗展開を進めて行きました。

[2号店]阿佐谷麦酒道場(阿佐谷、2012年7月14日開店、
後に阿佐谷ビール工房に名称変更、現在は阿佐ヶ谷20taps)
[3号店]荻窪ビール工房(荻窪、2013年9月1日開店)
[4号店]中野ビール工房(中野、2014年5月25日開店)
[5号店]西荻ビール工房(西荻窪、2015年3月19日開店、現在は閉店)
[6号店]高田馬場ビール工房(高田馬場、2016年2月18日開店)
[7号店]ビール工房所沢(所沢、2016年11月23日開店)
[8号店]ビール工房新宿(新宿、2017年11月6日開店)

また、能村さんは、会社の規模が拡大し従業員がだんだん増えていくと、社長との距離が生じることを懸念し始めて、 社員の気持ちをひとつにまとめて行くため、「街のビール屋さん」をコーポレート・スローガンに掲げ、 その浸透を図って行くため2016年5月に登録商標として「街のビール屋さん」を取得しました。

それでも、会社の規模が拡大して行くに連れ、採算性や雇用問題、社員の統制など様々な問題が発生してきました。 そこで、麦酒企画としてもこうした課題の解決に向けて経営基盤固めが必要になったことから、 中野区内で酒類の卸販売をメインに80年以上もの歴史を持つ柴田屋酒店と手を結ぶ運びとなり、 2018年1月31日に株式会社柴田屋酒店との業務提携を発表しました。

柴田屋酒店(しばたやさけてん)は、1935年(昭和10年)に中野へ創業した酒販店で、 酒類の卸売りをメインに、新中野駅近くの本社店舗のほか、 テイスティング・バーやファミリーマート(コンビニのフランチャイズ店舗)含めて都内に5店舗を展開しています。
その柴田屋酒店の傘下に入る形となった麦酒企画では、 代表取締役に柴田屋酒店の取締役副社長 柴 健宏氏が就任し、能村さんは取締役に就任することになりました。 そして、「株式会社麦酒企画」は存続会社として、柴田屋酒店の製造部門としての役割を果たして行くことになりました。
能村さんはこの時から、会社の経営は委ねることにして、 醸造家を目指す新進ブルワーの育成や、本来のビール造りに集中して行くことにしました。

「ビールには旅をさせない」、そして「その街で造ったビールは、その街の人たちに飲んでもらう」。
これらをモットーに、麦酒企画はこれからもビール造りを続け、店舗展開を続けていくことでしょう。
能村さんの夢は、「街に1軒の『街のビール屋さん』を、1,000店舗まで広げること」なのです。


能村 夏丘さん


2019年5月には、東京・浅草にある「CAMPION ALE」(カンピオンエール)が、 麦酒企画グループの傘下に入りました。 そして、同年7月1日に、「CAMPION ALE」から「浅草ビール工房」へ店名を変更。



ビアクルーズ管理人の一言:
2019年10月、東京都杉並区にある「阿佐ヶ谷20taps」を訪れて、麦酒工房ゼロラボで醸造したビールを飲みました。 その後、東京都中野区にある柴田屋酒店本店のビル内にある麦酒工房ゼロラボを訪問しました。



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