金しゃちビール


ブルーパブ名: [パブなし]
ビールの種類: 赤ラベル (アルト) ★
青ラベル (ピルスナー) ★
名古屋赤味噌ラガー (フリースタイルダークラガー) ★
八丁味噌ラガー (フリースタイルダークラガー)[販売終了]
IPA (インディア ペールエール) ★
ホップ香るビール (エール)[販売終了] ★
抹茶ドラフト (フリースタイルライトエール)[販売終了]
インペリアル・チョコレート・スタウト (インペリアルスタウト)[販売終了]
プラチナエール (フリースタイルエール) ★
デザートビール (ヴァイツェンボック)[販売終了]
インペリアル・チョコレート・ヴァイツェン (ヴァイスボック)[販売終了]
ハイビスカス&レモングラス (ハーブ&スパイス)[販売終了]
フルーツドラフト・ラズベリー (フルーツビール)[販売終了]
フルーツドラフト・レモン (フルーツビール) ★
ロワミニョン ★
ミツボシビール ウインナスタイルラガー ★
ミツボシビール ペールエール ★
ミツボシビール ピルスナー ★
醸造開始: 2006年4月1日
URL: http://www.kinshachi.jp/
Facebook: 盛田金しゃちビール
Online Shop: https://kinshachi.raku-uru.jp/

製造元: 盛田金しゃちビール株式会社
電話番号: 0568-67-0116
住所: 愛知県犬山市大字羽黒新田字高見1-4

金しゃちビールは、愛知県を代表するクラフトビールのひとつで、 その歴史は地ビールの黎明期である1996年にまで遡る古参のビールです。
名古屋市の歴史的遺産のひとつである名古屋城のシンボルは、なんと言っても「金の鯱(しゃちほこ)」。 その金の鯱にあやかって名付けられた金しゃちビールですが、実はその製造工場は名古屋にある訳ではなく、 名古屋市中心部から北へ20Kmほどの距離にある犬山市にあります。

金しゃちビールは、原材料にヨーロッパ産の厳選された麦芽とホップを使用し、 木曽川水系の地下水を仕込み水として使用して醸造しています。 アルトタイプとピルスナータイプの定番ビールをはじめ、 副原料に愛知県ならではの赤味噌や西尾産の抹茶、その他国産のフルーツを使った発泡酒など、 様々な風味や味を楽しめる豊富なバリエーションの商品が揃っています。


赤ラベル、 青ラベル、 名古屋赤味噌ラガー、 八丁味噌ラガー


IPA、 ホップ香るビール、 抹茶ドラフト、 インペリアル・チョコレート・スタウト


プラチナエール、デザートビール、インペリアル・チョコレート・ヴァイツェン、ハイビスカス&レモングラス


フルーツドラフト・ラズベリー、 フルーツドラフト・レモン


その昔、明治時代に盛田家では、「三ッ星麦酒」というビールを試験醸造していました。 その三ッ星麦酒の復刻版が、128年の時を超えて「ミツボシビール」として誕生しました。 どっしり感のあるボトルにレトロ調なデザインを施したラベルが貼られ、 「歴史」、「伝統」、「復活」をキーワードに本物・本格派のクラフトビールを目指して製品化されました。


ウインナスタイルラガー、 ペールエール、 ピルスナー

冒頭でも述べたように、 金しゃちビールは、地ビールの黎明期である1996年(平成8年)より製造・販売を開始したビールです。 その金しゃちビールを製造する愛知県犬山市にある盛田金しゃちビール(もりたきんしゃちびーる)株式会社は、 地元で清酒・味噌・醤油・調味料・ワインなどを手掛ける盛田グループ(現在は、MICSグループ)傘下の企業で、 専らクラフトビールの製造・販売をしている会社です。 また、その盛田グループの母体となる盛田株式会社は、(現在の中核企業は、盛田エンタプライズ) 1665年(寛文5年)創業の江戸時代から350年以上もの長い歴史を持つ老舗の造り酒屋で、清酒「ねのひ」の蔵元です。

盛田が手掛けるビールの歴史は、1884年(明治17年)に遡ります。 盛田の本家である盛田家、第11代目 盛田久左衛門命棋翁は、 1884年に「三ッ星麦酒」(みつぼしびーる)というビールの試験醸造に成功し、1885年に掛けて製造していました。 その復刻版として先にも紹介した「ミツボシビール」を2013年より販売しています。
また、分家にあたる盛田 善平(敷島製パンの創業者)は、 1887年(明治20年)に叔父に当たる中埜酢店(現在は、株式会社ミツカン)の4代目 中埜又左衛門と共に「丸三麦酒醸造所」を創業し、 1889年(明治22年)5月に「丸三ビール」を3,000本余り販売しました。

それから約100年の時が流れて、ビール年間製造量に関する1994年の規制緩和をきっかけに、盛田家は再びビールの製造を開始します。
1996年1月に「ランドビール株式会社」を設立、 同年8月1日に愛知県名古屋市中区へ直営のビアレストラン「ランド ビア サーカス」を開業し、 「ランドビール」というブランド名でビールの販売を開始しました。

その後、2006年4月1日に「ランドビール株式会社」から「盛田金しゃちビール株式会社」【※初代】に社名を変更。
2008年9月1日には、青森の醤油メーカー「ワダカン株式会社」に経営統合され、 ワダカンの「金しゃちビール事業部」となりました。
その後、残念なことに名古屋市中心部にあった「ランドビアサーカス」は、2011年1月31日を以って閉店しました。
それから程なくして、ブランド名を「ランドビール」から「金しゃちビール」に変更しました。
2016年4月には、ワダカン株式会社から金しゃちビール事業部が分割独立して、 「盛田金しゃちビール株式会社」【※二代目】となりました。

代々続く盛田家は、人材輩出の家系としても知られています。
1864年(文久4年・元治元年)には、『Pasco』で知られる敷島製パンの創業者である盛田 善平氏が誕生します。 善平氏は、盛田家の分家 盛田 太助氏の五男として生まれ、家業である造り酒屋を一旦は継ぎましたがその後廃業し、 前出の丸三麦酒醸造所の立ち上げに貢献した後、敷島製パンの前身となる敷島屋製粉工場を設立しました。
また、1921年(大正10年)には、ソニーの創業者の一人である盛田 昭夫(もりたあきお)氏が誕生します。 昭夫氏は、盛田家14代目 盛田久左衛門の長男として生まれますが、 盛田家の15代目を継ぐことはなく、1946年(昭和21年)に井深 大氏らとソニーの前身である東京通信工業株式会社を設立しました。

それからこぼれ話として、 以前ピンクの背景に「Coco!」の文字の看板が目印だった愛知県発祥のコンビニエンスストアチェーン「ココストア」と言うのがありましたが、 実はこれも盛田グループ由来のお店でした。 まだコンビニが知られていなかった1971年に、 スーパーマーケットに客を奪われていた取引先である街の酒屋の救済策として、盛田株式会社が立ち上げました。 しかし、その後大手コンビニチェーンとの競争に敗れて、 2015年10月1日に株式会社ファミリーマートに吸収合併されることになりました。 ちなみに、第1号店は愛知県春日井市内へ1971年7月11日にオープンし、 「日本国内で最初にできたコンビニエンスストア」とも言われていましたが、そこは諸説あるようです。


盛田金しゃちビールの犬山工場








ビアクルーズ管理人の一言:
2009年4月、金しゃちビールは、名古屋市内の酒販店で購入して、自宅で飲みました。



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