エチゴビール |
ブルーパブ名: | [パブなし] | |
ビールの種類: | ペールエール (ペールエール、無ろ過)
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醸造開始: | 1999年4月 | |
URL: | https://echigobeer.com/ | |
Facebook: | エチゴビール | |
instagram: | エチゴビール株式会社 | |
製造元: | エチゴビール株式会社 本社工場 | |
電話番号: | 0256-76-2866 | |
住所: | 新潟県新潟市西蒲区松山2 |
エチゴビールは、1994年の規制緩和後、日本で最初に地ビール醸造を開始したマイクロブルワリーで、 1995年2月16日にエチゴビール・ブルーパブのオープンと共に、エチゴビールの販売を開始しました。 その後、1999年4月には、ここで紹介する上堰工場(現 本社工場)が操業を開始しました。 2010年には、エチゴビール・ブルーパブの閉店と共に当初のブルワリーも閉鎖され、 現在は本社工場のみでビールの生産を続けています。
エチゴビールは、
原材料にドイツ産、フランス産、イギリス産の麦芽と選りすぐりの世界各地のホップを使用し、
清酒造りにも使用されていた地元のおいしい湧き水を仕込み水として使用して醸造しています。
エチゴビールの瓶詰製品には、ろ過した製品と無ろ過の製品があります。
また、缶入り商品には、幅広いバリエーションと期間限定や季節限定の商品があります。
早期から機械化を進めてきたことから、クラフトビール業界の中では比較的安価な価格での提供ができています。
ピルスナー |
ビアブロンド |
こしひかり越後ビール |
スタウト |
レッドエール |
ホワイトエール |
太陽と大地のめぐみ |
ベルギースタイルホワイト |
アンバーエクスポート |
エチゴビールPils 生 |
エチゴビールでは、販売地域限定の「箱根献上ビール」(神奈川)、
「富士献上ビール」(静岡)なども製造していました。
2004年4月からは、アメリカ、オーストラリア、アジアなどへも輸出しており、
グローバルなクラフトビール・ブランドへと成長を遂げています。
また、エチゴビールでは、受託醸造も数多く行ってきました。
ただ、最近は多品種少量生産となり利益率が悪いことから受託の取り扱い量は減少し、
自社ブランド商品を充実するとともに、販路を拡大していく方向に転換してきたようです。
過去の主なOEM供給先としては、
「山下ビール」(北海道)
「GARGERY」(ビアスタイル21/東京)
「コカゲビール」、「オットンオーガニックビール」(ココノホップ(株)/長野)
「茶寿」(酒道楽工藤/新潟)
「粋生BEER」(片山商事/新潟)
「ゴールデンラビットビール」(ゴールデンラビットビール/奈良)
などがあります。
エチゴビールは、1994年の規制緩和を機に、国内で初めて地ビールを製品化に導いた全国第1号の地ビールです。
エチゴビールの生みの親である上原酒造(うえはらしゅぞう)株式会社は、
1890年(明治23年)創業の老舗造り酒屋で、清酒「越後鶴亀」の蔵元でした。
その上原酒造において、ビール造りを始めたのが、5代目 上原 誠一郎(うえはらせいいちろう)さんでした。
上原 誠一郎さんは、新潟県西蒲原郡峰岡村竹野町(現在の新潟市西蒲区)の出身で、上原酒造の経営のほか、
『ビールを愉しむ』の著者であり、美術家、舞台演劇者、パフォーマーという多彩な顔を持つ異色の経営者であり、
芸術家でした。誠一郎さんは、老舗蔵元の跡取りとして生まれ、小学生の頃に美術に目覚め、
高校時代までを新潟で過ごした後、東京藝術大学 美術学部 芸術学科へ進学。
しかし1年半で中退し、美学校に入学。藝大の授業でイタリア語に惹かれ、1976年12月に語学を学ぶためイタリアに留学。
イタリアではダンスに打ち込み、演劇にも興味を持ち、12年間をヨーロッパで過ごしました。
誠一郎さんと地ビールとの出逢いは、ドイツのバイエルン地方を訪れた時のこと。
小さな町や村に点在するブルワリーでは、どこも個性的で独創性豊かな味わいを醸し、
いずれのブルワリーにも造りたてを直接味わえるブルーパブが備わっていました。
誠一郎さんは、「日本にもこんなところがあったらいいな」と夢を描くようになりました。
そんな中、先代の病状悪化により1988年5月に帰国し新潟へ帰郷。
そして、1990年2月に先代が他界、誠一郎さんは家業である上原酒造を継ぐこととなり五代目蔵元になりました。
それから規制緩和(1994年の酒税法改正)を機に、ブルーパブへの夢は一気に現実味を帯びてきました。
1993年9月から地ビール工場設立準備のため、再びドイツに渡航し情報収集を開始、醸造研修も受けてきました。
そして、1994年4月には、醸造設備の購入契約を締結。
1994年7月1日に酒類等試験製造免許(ビール)を取得。
同年7月11日より上原酒造蔵内にて全国で初となる地ビールの試験醸造を開始しました。
その後、20回以上の試飲会を実施し、高評価を博すことになります。
新潟県西蒲原郡巻町福井(現在の新潟市西蒲区福井)の角田山麓の森の中へ、
醸造所と併設ブルーパブを建設するための工事を同年8月25日に着工し、同年12月に完成。
1994年12月9日には北海道のオホーツクビール株式会社と共に、酒類等製造本免許(ビール)を取得。
同年12月16日より醸造所およびブルーパブの見学会を開始。同年12月20日には、いよいよ初仕込みに臨みました。
副原料は一切使用しない原料純粋主義を貫き、世界各国から輸入した選りすぐりの麦芽、ホップ、酵母を使用し、
清酒「越後鶴亀」の仕込みにも使用している地元の湧き水を仕込み水として使用して醸造を進め、
1995年2月16日に「エチゴビール・ブルーパブ」をオープンし、全国初となる地ビールの販売開始へと漕ぎ着けました。
1996年3月には、大吟醸清酒酵母を醸造に使用した世界初となる吟醸ビールを発売。
その後、安価な缶詰・瓶詰製品の製造のための量産型工場である上堰工場を建設し、1999年4月に操業開始しました。
当初建てられた巻町福井のブルーパブを併設したブルワリーは、2010年に醸造を終了し、
その後はこの上堰工場(現 本社工場)がエチゴビールの主力工場として稼働を続けています。
2000年5月には、上原酒造のビール事業を分社化し、
同じ新潟県の大手菓子メーカーである株式会社ブルボンの支援を受けて、「エチゴビール株式会社」を設立します。
2004年4月には、アメリカに向けてビールの輸出を開始。
2007年10月1日には、
キリンビール株式会社の企業内ベンチャーで地ビール製造を手掛ける株式会社ビアスタイル・トゥ・ワンの全株式を、
キリンホールディングスより取得し、
ビアスタイル21の主力商品である「GARGERY」の製造を開始。
親会社である上原酒造は、2000年頃より採算が悪化しはじめ、
2009年にはリーマン・ショックによる不況の影響が後押しする形で経営が悪化。
2010年3月には、株式会社ブルボンが経営破綻直前の上原酒造からエチゴビール株式会社の全株式を取得し、
ブルボンの完全子会社化を図りました。
そして、同年7月29日に上原酒造は民事再生法の適用を申請し、120年の酒造りの歴史に幕を降ろすこととなりました。
エチゴビール・ブルーパブも上原酒造の破綻とともに閉店し、醸造を終了しました。
2020年3月には、主力全商品のパッケージデザインをリニューアルし、
創業当時から親しまれてきたビールグラスを持つヤギのマークをメインに登用し表示の統一化を図りました。
このビールグラスを持つヤギのマークは、
上原 誠一郎さんの妻であるドイツ人画家のアンティエ グメルスさんがデザインしたものです。
エチゴビールのこれまでの経緯は、以下の通りです。 | |
1890年(明治23年) | 上原酒造を創業 |
1994年7月1日 | 酒類等試験製造免許(ビール)を取得 |
1994年7月11日 | 試験醸造開始 |
1994年8月25日 | ブルワリー、ブルーパブの建物の建設工事着工 |
1994年12月 | ブルワリー、ブルーパブの建物完成 |
1994年12月9日 | 酒類等製造免許(ビール)を取得 |
1994年12月20日 | 初仕込み |
1995年2月16日 | 「エチゴビール・ブルーパブ」をオープン 自家醸造ビールを販売開始 |
1996年3月 | 世界初の吟醸ビールを販売開始(大吟醸清酒酵母を使用) |
1997年11月 | 2号店である「エチゴビール新潟万代店 Blume」(ブルーメ)をオープン |
1999年4月 | 上堰工場(現 本社工場)を稼働 |
2000年10月 | ビール部門を分社化、「エチゴビール株式会社」を設立 |
2010年7月29日 | 上原酒造が民事再生法の適用を申請 「エチゴビール・ブルーパブ」を閉店 |
ビアクルーズ管理人の一言:
2010年10月、エチゴビールを酒販店で購入して、自宅で初めて飲みました。
2011年10月、新潟県新潟市西蒲区にあるエチゴビールの工場を訪れました。
その後に、福井醸造所の遺構も訪れてみました。
2013年10月、東京駅構内にある「LE COLLIER MARUNOUCHI」で、缶入りの「太陽と大地のめぐみ」を購入して、
自宅で飲みました。